デジタル時代とは、情報が情報を生む時代である。
デジタル技術とは、この世の膨大な情報の中から取り出した情報と情報をつなげて、新しい情報を作る技術でもある。
人は情報により便利さという恩恵を受けている、しかし、負の側面もある。
情報をつなげて新たな情報を作るとは、元の情報は正しくても、つなげ方によっては間違った情報になるということだ。
フェイクニュースやフィッシング詐欺などである。
情報を誤った方向で繋げ、この社会を歪めている。
情報をどうつなぎ合わせるか、その指針となるのは人間の考え方だ。
それは、その時の価値観に左右される。価値観で情報のつなぎ合わせ方が決まる。
それは、デジタル以前もそうであったが、デジタル情報時代は、つなぎ合わせた情報が爆発的に増加し社会を覆っている。
情報と人の価値観がリンクする時代、価値観が情報社会を左右する。
合理性、効率性重視の価値観の中では、合理性効率性にパスさえすれば、どんな情報でも合成でき、蔓延してゆく。
フェイクであろうが、詐欺の手段になろうが。
テクノロジーの進化を恐れる風潮がある、いつかAIによって人類が支配されるのではないかと。
でも考えてみてほしい、AIであれテクノロジーは人間が作り出したものだ。
AIは勝手に考えはしない、その情報の土台は人間が与えたものだ。
人間が「劣る他者は支配すべきだ」とAIに教えれば、AIはその通りにするだろう、しかし「他者とは共存すべきだ」と教えればそうなるだろう。
人の価値観が、情報や社会に直結する現代。
今必要なのは、テクノロジーを恐れるのではなく、我ら人間について考えることでは無いだろうか。
社会にとって、人にとって何が大切なのか見直すべきだ。
テクノロジーという文明の時代だからこそ、人間の文化についてより深く見つめる必要があるのだ。
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